• 豊かな社会を支える仕事、「商社」という選択

    学生時代は途上国でのボランティア活動に力を入れていました。現地の人の笑顔に触れるたびに、自分の活動が人々の役に立ち、感謝されることに充実感を覚え、「もっとたくさんの人の役に立ちたい」という想いが日に日に強くなりました。毎日充実していたので、卒業後もこのまま働くだろうと漠然と考えていた時、ある出会いがありました。現地で会ったボランティア先の人に「ボランティアで本当に人助けができるか」と尋ねたところ、答えは、「もちろんできるが限界はある。人助けとお金は切っても切れない。世の中のためになるお金が回り続ける仕組みを作り出すことが本当の意味での人助けかもしれない」。その言葉を聞いて、自分の中で何かが変わった気がしました。

    同じ頃、卒論で、老舗からベンチャーまで世界中からIT関連の企業や情報が集まる一大拠点であるシリコンバレーについて調べていました。研究を進めていくと、なぜか「Macnica」という日本企業を頻繁に目にしました。興味を持って調べたところ、「世界最先端技術を世の中に広めることによって豊かな社会に貢献する」という事業意義を掲げていることがわかりました。「自分が目指していることができるかもしれない」。運命的な出会いを感じた瞬間でした。


    鼻っ柱を折られた1年目

    学生の頃、ボランティア活動と並行して、体育会ラクロス部に所属し、主将をつとめていました。試合に勝つための緻密な戦略、メンバーのモチベーションケアなど、チームをまとめる苦労や喜びを経験し、それらを成し遂げた自分にそれなりの自信を持っていました。「他の誰より経験が豊富な自分なら、1年目から結果を出せる」と自信満々でマクニカへ入社しました。

    私の配属先は、日々巧妙さを増すサイバー攻撃から政府や企業の重要情報資産を守るための高度な技術をもったセキュリティ製品を扱う営業部門でした。「良い商品だから売れないはずがない」と、張り切ってお客さま訪問を始めました。ところが、お客さまが話している内容がまるで分からないのです。愕然としながらも、持ち前の根性で「このままではいけない」と、毎日必死に勉強しました。もがきながら気付いたのは、「一番ためになるのはお客さまからの情報だ」ということ。それからは、とにかく頭と足を使って徹底的に訪問を繰り返しました。

    そうして経った1年目の冬、ようやく初めての大型案件が決まりそうになりました。実は同期の中で一番遅れていた私にとっては、名誉挽回のチャンスでした。ところが契約の直前でまさかの破談に。見事に鼻っ柱を折られ、本気で九州の実家に帰ろうと思ったこともありました。

    そんな私を奮起させてくれたのは、同僚や先輩、上司からの叱咤激励でした。「自分がやりたいと思っていた仕事がまだできていない」、「一度やると決めて選んだ道なのだから、逃げずに頑張ろう」。悔しさを噛みしめ、2年目に突入しました。


    トラブル処理から、大型案件受注へ

    チャンスが訪れたのは、2年目の春でした。先輩と共に携わっていた案件で、大きなトラブルが発生してしまいました。成果を出せずに苦しんでいた私は、「少しでも皆の役に立ちたい」と、自らその対処を買って出ました。最初は平謝りの連続でした。問題を一つひとつ丁寧に解決し、細やかに対応を続けました。何とかトラブルを終息させることができ、一安心していたところに、お客さまから「是非担当して欲しい案件がある」と連絡がありました。「お客さまの期待に応えたい」、その一心で案件に取り組んだ結果、その年のトップクラスの大型受注につながりました。大型案件を受注できたことはもちろん嬉しかったですが、お客さまに信頼していただき、お客さまのお役に立てたことが何よりも嬉しかったです。

    今はまだ学生時代に描いていた「社会を支える仕事」には程遠いかもしれない。けれど、お客さまのお役に立つことで、間接的にでも社会を支えられているのではないかと思う今日この頃です。今後は、初心を忘れずに、さらに多く人の役に立てるよう、全力で仕事に取り組んでいきたいと思っています。